銚子市への移住で、線路の外から電車を支える|高校生が修理代を集めた脱線車両のその後

公開日: 2026-10-09
銚子市/電車を走らせる仕事を線路の外でも続ける町/①修理代を集める/②駅と商品に手を入れる/③仕事で支える

「脱線車両をもう一度走らせたい」。千葉県の銚子商業高校の生徒たちは、全国から500万円の寄付を集めました。修理された銚子電鉄のデハ2002号は、2015年4月4日に復活の出発式を迎えています※1。

地方の電車を応援するなら、切符と土産を買う。私の頭にあったのは、乗客としての関わり方でした。

ところが、修理のあと、後輩たちは仲ノ町駅を直す仕事にも取り組みました。商品を開発する人もいて、ぬれ煎餅はアイスにも姿を変えています※1。

では、なぜ車両の修理が終わっても、乗るほかに銚子電鉄へ手を貸す活動が続くのか。

答えは、銚子電鉄を走らせ続けるのに要るものが、車両の修理代、古くなった駅、ぬれ煎餅などの売り物と、線路の外に並んでいるからです。高校生が修理代を集め、後輩が駅と商品に手を入れ、2026年には移り住んで鉄道と食品の企画・営業を担う人も募りました※2。

この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、銚子市の「修理代を集める」「駅と商品に手を入れる」「鉄道と食品を仕事で支える」という3つの柱を、鉄道側の応答も交えて解説します。モノサシは一つだけ。電車を走らせるために、乗るほかに何をしているか。締めくくりに、私の見立てを置きます。

銚子市の高校生は、銚子電鉄と話して修理代を集めた

一つ目の柱は、高校生が電車の修理代を集めるまでの話です。銚子商業高校では、2014年度に商業科と情報処理科が一緒に取り組む課題研究を始めました。地域を元気にする活動を選んだ生徒たちは、銚子電鉄と打合せを重ねます※3。

初めに考えていたのは、犬吠駅でのコンサートなどでした。鉄道会社に企画を提案し、話し合っていくうちに、活動の向きが変わります。必要だったのは、故障した車両を修理するための支援でした※3。

その車両がデハ2002号です。2014年1月に笠上黒生駅で脱線し、銚子電鉄は資金難で修理の見通しが立たない状態でした※1。

生徒が使ったのは、インターネットを通じて広く資金を募るクラウドファンディングです。呼びかけは40日間で、目標の300万円を大きく超えました※3。学校の中から始まった呼びかけに全国の寄付者が応え、修復された車両の出発式は大きな拍手に包まれました※1。

修理を支援した活動には、地元からも応答がありました。2015年12月、市長が市の広報に寄せた言葉は「銚商生の情熱と挑戦は銚子に新風を吹き込み、マチづくりを塗り替えている。市民の意識を変え、マチを動かしている。」でした※3。

車両には、学校へのお礼も付きました。2018年の取材では、支援者の好意で「ありがとう銚子商業生」と書いたヘッドマークが付けられたことが報告されています。車両の前に取り付ける表示に、高校生へ向けたありがとうが入りました※4。

銚子電鉄自身も、生徒と寄付者にお礼を寄せています※5。「若い力を結集しての取り組みに心から敬意を表すると共に、実際に資金を提供して下さった全国の皆様に感謝の想いでいっぱいです。」

修理代を集める/デハ2002号/全国の寄付者/キャベツ畑の間を走る小さな2両の電車と、海に面した岬の灯台
図1 修理代を集める(※1)

銚子市では、後輩が駅を直し、ぬれ煎餅で商品を作る

二つ目の柱は、修理のあとを引き受けた後輩たちです。2016年度の活動では、支援する対象が駅にも広がりました。犬吠駅の壁を塗装し、銚子電鉄の本社がある仲ノ町駅の古くなった駅舎も修復しています※3。

駅を直すための資金も、クラウドファンディングで集めました。資金を募る生徒が、自分たちでも駅を塗ります。2018年の取材で取り上げられた生徒の作業には、ペンキ塗りと壁面のペイントがありました※4。

資金を集め、駅を直した生徒の活動は、完成披露会へ進みます。2017年1月17日、銚子電鉄のお知らせ欄に、修繕を終えた仲ノ町駅の完成披露会の案内が載りました。学校が取材を呼びかけたその案内では、翌18日に社長と校長、生徒のチームが駅にそろう予定でした※6。

駅を直した生徒たちも、やがて卒業します。同年11月、学校を訪れた埼玉県議会の文教委員は、活動の期間について質問しました。3年生の授業なので原則1年間ですが、企画が終わらなければ次の学年へ引き継ぐ場合もあります。内容を変えて続ける企画の例として、学校側が挙げたのは銚子電鉄への支援でした※3。

駅を直す仕事に加え、商品づくりにも生徒は手を動かします。企業に商品案を示し、試作を頼み、試食会を開いて改良を進めました。出来上がった商品の一つが、銚子電鉄ぬれ煎餅アイスです。開発した商品は、休日に生徒自身が運営する「銚商夢市場」でも観光客に売りました※4。

ぬれ煎餅を使ったおやつは、さらに後の学年からも生まれます。2024年、銚子商業高校と銚子電鉄、株式会社ここが共同で開発したのは、バニラアイスとたい焼きを合わせる「満ぷくたいやき」でした※7。

たい焼きは、あんこにぬれ煎餅を入れて、バニラアイスに合うように作りました。生徒たちは、入れるカップにも一つずつメッセージや絵を描きます。あんこの中身だけでなく、手に持つカップまで自分たちで手がけたおやつを、銚電まつりに持ち込みました※7。

販売したのは、2024年7月20日の銚電まつりです。来場者が手に取ったのは、生徒が描いたカップに入るおやつでした。学校の投稿では、多くの人が訪れ、販売は大好評に終わりました※7。

2026年の銚電まつりの案内にも、高校の名前は残っています。7月16日に公表された出店者一覧には「銚子商業高等学校(アイス)」と載りました※8。

あんこにぬれ煎餅/バニラアイス/満ぷくたいやき/木造の売り場と、たい焼き・アイスの入るカップ、ぬれ煎餅、生徒の後ろ姿
図2 あんこにぬれ煎餅(※7)

銚子市の移住と仕事|鉄道と食品を支える人を募った

三つ目の柱は、鉄道と食品を仕事で支える人です。高校がまつりにアイスを出す同じ2026年、その春に銚子市は、移り住んで銚電支援を担う隊員を募りました。主な活動拠点に予定されたのは、高校生の後輩が修復した仲ノ町駅にある、銚子電鉄本社の仲ノ町駅事務所です。仕事の例は、鉄道のサービスを企画・開発し、営業することと、食品を売る先を増やすための企画・営業でした※2。

高校生がペンキを塗り、おやつを作った鉄道に、市内で暮らす人が仕事として手を貸す募集でした。対象は3大都市圏などから生活の拠点を銚子市内へ移し、銚子電鉄とともに生活を送る意思のある人です。活動内容や目標は隊員と市、銚子電鉄の3者で相談し、売り上げとサービスの向上を目指す形でした。最長3年の任期が終わったあとも、市内に住み続けて銚子電鉄のために働くことを、市は期待していました※2。

銚子電鉄を支える隊員には、2026年8月1日、オンラインショップとWebマーケティングの運営経験を持つ人が東京都から加わっています。銚子電鉄での活動を中心に、銚子を盛り上げ、観光客を呼び込むことに、その経験を生かす考えです※9。

仕事で支える/仲ノ町駅事務所/銚子市内/小さな木造駅舎の壁を塗る生徒の後ろ姿と、キャベツ畑の向こうの電車
図3 仕事で支える(※2)

私の見立て|銚子市は、線路の外でも電車を走らせる

乗るほかに何をしているか。全国への呼びかけと、市内で暮らして働く人の募集は、どちらも電車を支える手を集めるものでした。おやつを手に取る人には、後輩が描いたカップも届きました。

私の見立てはこうです。銚子市は、電車を走らせる仕事を線路の外でも続ける町です。

2015年4月4日に再び出発したデハ2002号。その後、後輩が修繕した仲ノ町駅には、2026年、移り住んで働く人の拠点も予定されました※2。

線路の外でも続ける/仲ノ町駅/鉄道と食品/海に面した岬とキャベツ畑、小さな木造駅舎、2両の電車とおやつの売り場
図4 線路の外でも続ける(※2)

銚子市を数字で見たい人へ|人口・仕事・住まい・移住支援金

本文で扱った仕事の募集時期と、家探しや支援金の条件は、引越しを決める前にそれぞれ確認したいところです。人口は、2025年国勢調査の速報を並べます。

項目 数字・時点
人口〈速報〉 51,426人
人口の基準日 2025年10月1日
世帯〈速報〉 24,106世帯

出典リンク集

関連する市町村データ