みなかみ町への移住は、冊子を裏返すところから|カメムシを「動くガス兵器」と書いた裏面

公開日: 2026-10-08
みなかみ町。移住の冊子を裏返して渡す町。①住む人が裏面に書いた。②伝える人とAI。③駅の中の自習室。

群馬県みなかみ町の移住のページは、町の移住パンフレットを「移住後のギャップを少しでもなくすため」の冊子だと紹介しています※1。冊子は表のAsideと裏のBsideに分かれています。Asideは町のエリアの特徴や補助金、先輩移住者のインタビュー。Bsideの題は「失敗しない本当の移住話」で、地域のルールや自然環境の厳しさが並びます。

移住の冊子といえば、晴れた山の写真と町のよいところが並ぶ紙。私が知っていたのは、その表側だけでした。

ところが、この町の冊子を裏返すと、町に暮らす人たちが、虫や獣との付き合い方から家族のひと月の支出まで、暮らしの手間と出費を書き出しています※2。

では、人に移り住んでほしい町の冊子が、なぜ、来る前の人に暮らしの手間と出費を先に見せるのか。

答えは、この裏面を書いたのが、移り住むときに知りたかったことを覚えている、町に暮らす人たちだからです。町はその人たちの話を、東京の移住相談の席でも、AIの受け答えでも、同じように伝えています。そして住み始めると、裏面に書かれた不便を埋める手助けが、すぐそばにあります。たとえば「塾が少ない」と書かれたこの町では、駅の中に高校生のための自習室が開いています。

この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、

という3つの柱を、通勤や雪の数字も交えて解説します。モノサシは一つだけ。この町で「暮らしの裏側は、紙の上から誰の手に渡っていくか」。締めくくりに、私の見立てを置きます。

みなかみ町の移住冊子|住む人が裏面に書いた虫と家計と雪

一つ目の柱は、住む人が裏面に書いたことです。

裏面の1ページ目は、理想と現実の差をしっかり埋めよう、という呼びかけで始まります。最初に挙がるのは「みなかみ暮らしの三種の神器」で、運転免許と自動車、地域の一員になる意識、なんでもチャレンジする精神です※2。住む人が書いた「暮らしの手間と出費」は、この三つの先に続きます。

手間の筆頭は虫です。カメムシは洗濯物に紛れて入ってくる「動くガス兵器」、ヤマビルは夏の里山に出る「恐怖の吸血鬼」。スズメバチは巣作りの春先に軒先を確かめるように、クマよけの熊鈴は「必須装備」と書かれています※2。観光案内なら削りそうな虫の名前が、どれも渾名つきで載っているのです。

出費も同じ筆致です。町内の会社に勤める夫と、町内の飲食店でパートをする妻、こども園に通う子どもたちの家族の例で、ひと月の支出は合わせて26万7,000円。見出しは「あれ?意外と安くない!?」と読む人に問い返します。毎月の支出とは別にかかる欄には、冬タイヤ代や地区費と並んで、飲み会のときの運転代行代「1回3,000円程度」まで書き込まれています※2。

ここまで細かく書いたのは、町に暮らす人たちです。冊子は、移住者やUターンした人、地元の若手が、移住のときに感じたことや知りたかったことを持ち寄って作りました。2026年4月1日時点の版の作り手の欄には、意見収集会に参加した人たちと並んで、Uターンしたデザイナーとカメラマン、埼玉から移り住んだ漫画家の名前が載り、表紙と中のイラストは、その漫画家が描いています※3。

裏面は版ごとに書き直されています。2023年3月31日時点の版は、月夜野地区の三つの小学校について「令和8年に統合予定」と書いていました。2026年4月1日時点の版の同じページでは、写真の下に「令和8年4月、開校」とあり、3校が一つになった月夜野小学校の名前が入っています※4。予定が現実になれば、紙のほうが書き換わります。

書き直された紙を読んで、なお迷う人には、次に話し相手が要ります。

失敗しない本当の移住話。動くガス兵器。26万7,000円。山並みと上流の川が見える机に開いた架空の冊子と冬の道具、小さな虫。
図1 冊子の表と裏(※2)

みなかみ町の移住相談|裏面の話を、人もAIも同じ重さで

二つ目の柱は、裏面の話を伝える人とAIです。

紙を読み終えた人に、表面は話し相手を名指しします。都内の会社にテレワークで勤めながら移り住んだ家族は、「小中学校の私立受験などは選択肢が限られたり、賃貸住宅の数が少ないなど、都市部とは異なる事情もあります。行政担当者や先輩移住者にどんどん相談してみてください。」と書きました。表面の裏表紙は12の問いにYESかNOで答える表で、「家族全員でチェックしよう」と呼びかけています※3。

話し相手のほうから、東京へ出向いた日もあります。2025年7月13日、町役場とFLAPは、東京・有楽町のふるさと回帰支援センターに出張の相談デスクを開いています。案内の題は「有楽町に地元民がやってくるぞ」でした※5。

東京まで足を運べない人には、画面の向こうに席が用意されました。2026年1月28日と29日、町役場とFLAPは、夕方4時から夜10時までオンラインの相談会を開いています。案内には「まだ移住までは考えていないけど、田舎の暮らしに興味がある」人も歓迎する、とありました※6。

相談の手前で迷っている人には、AIが相手をします。2026年4月22日、町は、移住のページに対話型のAI「NOIM(ノイム)」を置くと発表しました。迷っていることや一番の不安を短いやりとりで言葉にし、クマの出没や雪かきの大変さ、車が要る地域の暮らしも同じ比重で伝えます。場合によっては、他の地域を勧める選択肢も示す設計です※7。

AIに受け継がれたのは、町から移住の支援を任されている一般社団法人FLAPが、相談の現場で大事にしてきた「現実をフラットに伝える」「移住はゴールではなくスタート」「結論を押し付けない」という三つの決まりです。FLAPの代表は、発表の中で「移住相談の現場では、自然の中で暮らしたいという憧れと、仕事や冬の生活への現実的な不安が、いつもセットで存在します」と話しています※7。

裏面の話を伝える人とAI。地元民。他の地域を勧める。都会の相談デスクの冊子とパソコン、空の椅子。
図2 相談デスクとAI(※7)

みなかみ町で暮らす一年|塾が少ない町の、駅の中の自習室

三つ目の柱は、裏面に書かれた不便と、そのすぐそばにある手助けです。

住み始めた人の冬と一年を、裏面は予定表にしています。1月は「ガチ雪かき、地区役員選出」、2月は「マジ雪かき」。春と秋には、住んでいる地域の溝や道を掃除する堰普請・道普請があり、9月は運動会と、餅投げなどで豊作を祝う神社の祭りです。同じページには区長や氏子総代、消防団といった地区の役も紹介され、見出しは「意外と忙しい」です※2。

予定表の雪かきは、自分の家の前で終わらないことがあります。2025年12月の町議会で、議員の一人は、自宅のまわりを除雪するついでに近所や通学路まで雪かきをする人を時折見かけると話し、「ご近助」という言葉を挙げて、除雪機を買うときの補助をつくるよう求めました。町長は、豪雪地帯の同じような補助の様子を集めて研究したいと答えています※8。町も、地域の雪の困りごとに共助で取り組む除雪を「地域除雪」と呼び、町民に「地域ぐるみで除雪体制を整えて、地域除雪に協力する」役を求めています※9。

雪が解けるころ、予定表には卒業式と入学式が並びます。子どもの学びについて、裏面の7ページ目は、子どもが少ないので「習い事、塾などの選択肢が少なくなります」と書き、続けて「そのかわり自然の中で、遊ぶことでの学びが、たくさんあります」と添えています※2。

その欄の先にある場所が、上越線の後閑駅の中にあります。無人の駅舎を使った、高校生向けの自習室です。運営を担う地域おこし協力隊を募るとき、FLAPは仕事をこう書きました。「勉強を教えることはありませんが、イベントの開催を通して、学生たちに未来への選択肢の提案や地域との関わりづくりを行なっていきます。」※10

その役目に、2025年4月から協力隊の一人が就いています。2026年5月31日には、道の駅の水産学習館の協力で「水族館の仕事」をテーマにした催しを開き、バックヤードも見学しました。6月14日には学習室のOB・OGを招き、勉強の仕方や進路を語り合っています※11。

催しのない日も、学習室は開いています。平日は午後4時から8時半まで、土曜は午後1時から7時までで、利用料は無料です。電車やお迎えを待つ時間にも使えると、町は案内しています※12。

2026年10月の広報の子育ての特集で、学習室を使っている親子は「想像以上に町の支援が手厚く本当に助かっています。通学定期券の補助や学習室を活用していますが、今後は勉強以外にも同世代が気軽に集い、交流できるような場所や機会が広がっていくとより一層うれしいです」と話しました※12。

駅の中の自習室。選択肢が少なくなります。想像以上。山あいの無人駅舎の自習室の灯り、小さな学生と雪かきをする人の後ろ姿。
図3 駅の中の自習室(※12)

私の見立て|みなかみ町は、移住の冊子を裏返して渡す町

モノサシに戻して、暮らしの裏側がどの手に渡ったかを一行ずつ確かめます。最初の手は、町に暮らす移住者やUターンした人、地元の若手で、カメムシも運転代行の代金も雪かきの道具も、裏面のページに収まりました。次の手は、有楽町まで出向いた地元の人と、夜10時まで開くオンラインの席、そして他の地域を勧めることもあるAIです。住んでからは、予定表の雪かきが近所や通学路まで届き、塾の少なさを書いた欄の先では、駅の自習室が平日の夜8時半まで開いています。

私の見立てはこうです。みなかみ町は、移住の冊子を裏返して渡す町です。裏面の1ページ目の大きな見出しは、「こんなはずじゃなかった」をなくす為に、です。2026年10月、駅の自習室を使う親子が町の広報に寄せた言葉の書き出しは、「想像以上」でした。

移住の冊子を裏返して渡す町。こんなはずじゃなかった。想像以上。山並みと上流の川が見える机で、架空の冊子のページがめくれる場面。
図4 裏返して渡す冊子(※2)

みなかみ町を数字で見たい人へ|人口・通勤・雪・移住の支えの要点

項目 数字
人口 16,588人(2026年1月)※13
世帯 7,911世帯(同)※13
東京駅から上毛高原駅 新幹線で約60分※3
1月の平均気温 -1.2℃(平年値)※14
年の降雪の深さ合計 906cm(平年値)※14

移住の支え(2026年10月時点の町のページと、2026年4月1日時点の冊子)

暮らしのデータはみなかみ町のページにまとめてあります。助成の金額と条件は年度で変わるので、申し込む前に町の現行のページで確かめてください。冊子の内容は2026年4月1日時点のもので、町は最新の情報を役場の担当に確かめるよう添えています。

出典リンク集

本文の※番号に対応する資料です。括弧内は資料のページ・年と、確認した日付です。1つの番号に資料が複数あるときは「 / 」で区切っています。

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