
「甘く柔らかい食感があるため、一軒の農家が自家消費用に重宝し、毎年さかずき1杯の種を残してきました。その種を元に町おこしの一環で、商工会とJAが復活に向けた取り組みを始め、市場に復活を果たしました。現在は県内スーパーなどでも販売され、飲食店のメニューでも活用されています。また焼酎などの加工品も人気。」
奈良県川西町の結崎ネブカというねぎの話です。2019年の町広報は、家で食べるために残した種から、町の特産品が戻った経緯をこう伝えています※1。
土地の名が付く伝統野菜の種は、どこかの保存機関で守られているものだと、私は思っていました。復活させるなら、まずそこへ種をもらいに行く。
ところが、種は町おこしの会合に、農家の手で運ばれてきました。昔はおいしいねぎがあったが、もう種はなくなったのでは、という話が出た次の会合です。家の畑で作り続けていた農家が持っていったのは、「盃一杯分の種」でした※2。
では、なぜ一軒の家に残ったねぎが、川西町で受け継がれているのでしょうか。
答えは、家で残した種を市場へ戻す人がいて、その柔らかさを料理にする人がいて、子どもも味の続け方を尋ねるようになったからです。
この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、種を市場へ戻す、柔らかさを料理にする、子どもが味の続け方を尋ねるという3つの柱を、通勤や住まいの要点も交えて解説します。モノサシは一つだけ。家に残った味を、誰がどんな形で受け取ったか。締めくくりに、私の見立てを置きます。
川西町で結崎ネブカの種を市場へ戻す|折れやすいねぎが、家では残った
一つ目の柱は、種を市場へ戻すことです。結崎ネブカには、室町時代、翁の能面とねぎが天から降ってきたという伝説があります。村人は能面を丁寧に葬り、ねぎは家に持ち帰って植えた、と町は伝えています※1。
そのねぎは、戦前まで大和を代表する野菜として知られていました。ところが、柔らかく折れやすい性質が、売り物として運ぶときには難点になります。作る量が減っていく一方で、家の畑には、家族が食べるための種が残りました※3。
その家の種を譲り受けて、2002年、川西町商工会とJAならけん川西支店などが復活の取り組みを始めます※3。
2004年度、3人で栽培が始まります。翌年度には、大和の伝統野菜に認定されています※2。試験栽培と試験販売を経て、2005年ごろに市場へ戻りました※3。
市場へ出荷する農家には、家用で作っていたときとは別の手間が加わりました。家用なら見た目や多少の傷は気にならなくても、出荷するときには、傷んだところや汚れを確かめ、調理する人の手に届くまで傷まないよう気を遣いました※2。
図1 種を市場へ戻す(※2)その手間の先には、買って使う人が必要です。復活の取り組みが始まって8年の2010年11月、生産部会は「結崎ネブカだより」を発行しました。ねぎを扱う飲食店などの事業者に、結崎ネブカの「いま」を知ってもらうための冊子です※4。
川西町の結崎ネブカを料理にする|売りにくい柔らかさに、食べ手が応えた
二つ目の柱は、柔らかさを料理にすることです。売り場へ戻ったねぎには、町の外から取材の人も来ました。2010年11月15日の日経グローカルに、幻のねぎの復活の記事が載ります※5。
2011年1月、生産部会は自分たちの冊子で、取材した日経新聞社奈良支局の支局長に逆に話を聞いています。今後の課題は、と問われた答えは「流通でしょう」。店頭で見かけなければ本当に幻のねぎになってしまう、必ず買える場の確保が必要だ、と続きます※5。
その味は、ふつうの青ねぎと比べてどう違うのか。2011年9月から翌年2月まで3回、奈良県の出先機関が、県やJAの職員ら25〜28人に食べ比べてもらっています。その試験では、結崎ネブカと一般の青ねぎを塩ゆでし、どちらか分からないようにして食べてもらいました※6。
地元の家庭で食べた人にも、柔らかさを聞いています。2011年12月発行の第4号は、川西幼稚園の保護者へのアンケートをまとめました。食べたことのある45人に、他のねぎと比べた感想を尋ねています※7。
31人が「やわらかい」、28人が「甘い」と答えました。寄せられた感想には、付け合わせや脇役よりも「主役」級だったという声がありました※7。
図2 柔らかさを料理にする(※7)2012年9月発行の第5号にまとまった食味試験の結果でも、柔らかさは3回とも高い評価でした。においは一般の青ねぎより弱く、「ネギが苦手な子どもでも食べやすそう」という声も寄せられています※6。
柔らかさを料理の側から生かしたのは、町外の大学生でした。2013年1月15日、川西町商工会と、広陵町にある畿央大学がレシピの品評会を開きました。健康栄養学科の学生が提案したのは、甘みと柔らかさを生かす20種類の料理です※8。
並んだ料理には、ホイル焼きやミートドリアに加えて、ねぎドーナツもありました。前年の秋から準備し、栄養のバランスや一食の費用も計算。審査では家庭での作りやすさも見られ、町長賞には「ねぎと大根と油揚げの煮物」が選ばれました※8。
品評会の審査員は、どの料理もねぎの味が出ていて、子どもからお年寄りまで楽しめると評しました※8。
川西町の子どもが結崎ネブカの続きを尋ねる|食べた味から、作る人の先へ
三つ目の柱は、子どもが味の続け方を尋ねることです。家で食べるために残されたねぎは、学校では収穫を学ぶ教材にもなりました。2015年1月29日、川西小学校の6年生が町議会の議場に入り、町に質問する子ども議会を開きます※9。
収穫を体験し、農家の話を聞いた子どもが問うたのは、味の先を担う人のことでした。「せっかく復活した結崎ネブカですが、後をつぐ方も少ないという問題も知りました。町として何か対策は考えていますか。教えてください。」※9
町の返答には、出荷が伸びた話もあります。2013年度には、生産部会ができてから初めて20tを超えたこと。作り手の頑張りを挙げたうえで、品種改良をしていないねぎは病気に弱く、経験のある農家にも栽培が難しいと答えました。次に作る人が加わるきっかけを考えたい、と町は返しています※9。
その年の11月には、別の学年の6年生が畑で収穫を体験しました。生産者から説明を受け、丁寧に収穫します。食べた経験がある子どもも、収穫するのは初めて。「葉が柔らかいから(力加減が)難しい!」と苦労していました※10。
図3 丁寧に収穫(※10)その後、2019年9月の町広報に、町内に住む人を対象にした栽培講習会の案内が載りました。翌年から栽培と出荷をする人に向け、栽培の方法とJA生産部会の共同出荷を学ぶ内容です。家庭菜園は対象外で、出荷規模の畑、概ね100㎡以上を栽培できる人を募っていました※1。
作る人を募る一方、食べた味をほかの人に届ける案も子どもから出ています。2020年12月の町広報に載ったのは、その年の小学校6年生が考えた、結崎駅前のイベント企画。ねぎ料理とレシピカード、町のキャラクターのキーホルダーを配る案の最後の一文は、「ネブカはほんとうにおいしい。」でした※11。
別の班は、ねぎを入れたトゥンカロンという菓子を屋台で出すことを提案しました。町の特産品を流行の食べ物と組み合わせ、駅に来る人へ渡す案です※11。
子どもが食べて伝えようとした味を、売り場へ届ける大人は、どんな手間をかけているのか。2021年の生産者への質問記事では、60袋を収穫して出荷するまでに約5時間かかる、と答えています※12。
柔らかく折れやすいため慎重に収穫し、傷んだ部分を選び、根を洗って袋に詰める。その作業を話した生産者の一人は、「私は毎朝6時から昼前まで作業をしていますよ。」と続けました※12。
私の見立て|川西町で、家の種から食べる人の先へ
家に残った味を、誰がどんな形で受け取ったか。
農家の会合では、残していた種が試験栽培に渡りました。
家庭の料理では、運ぶのに難しかった柔らかさが献立の長所になりました。
子どもの学びでは、収穫した味が、次に作る人を尋ねる質問になりました。
私の見立てはこうです。川西町は、家の種を譲り受け、ねぎを市場へ戻した町。その続きを、食べる人が料理にし、学ぶ人が次の作り手の問いにしています。移住先の味を知ることには、こうして味を受け取った人の仕事や、子どもの学びを知る楽しみもあります。
図4 家の種を譲り受け(※13)2026年8月27日の町の審議会では、買う側が農場へ来た話も出ました。委員の言葉は、「昨年度も、東京の有名なイタリアンのオーナー様が農場に来られ、取引が決まっています。」※13。2025年度には、東京の料理店の主が農場まで来て、取引が決まりました。その始まりには、家で残したさかずき1杯の種があります。
川西町を数字で見たい人へ|ねぎの季節・住まい・移住支援の要点
| 確かめること |
要点 |
| ネブカの時期 |
9〜2月※14 |
| 空き家を探す |
利用登録から※15 |
| 登録できる人 |
町内外を問わない |
| 登録後 |
現地案内や交渉へ |
- 食材の季節:2026年7月更新の奈良県の案内では、結崎ネブカの時期は9〜2月。煮炊きすると、とろっとした食感と甘みが出る葉ねぎです※14。
- 通勤:東京から移った家庭の一人は「一番の決め手は通勤のしやすさです。」と話し、大阪の勤務先まで電車で1時間弱と答えています※16。
- 暮らしの道:町の移住ガイドは、学校、医院、スーパーなどの主要施設が近く、道がほぼ平坦なことを挙げています。候補の家から、駅や日々の買い物への道のりを確かめられます※17。
- 住まい:空き家バンクは、まちづくり推進課か、運営の一部を担うNPO法人空き家コンシェルジュに相談し、利用登録の申込書を提出します。登録後に、希望物件の現地案内や所有者との交渉を申し込めます。契約は所有者と利用希望者が話し合う仕組みです※15。
- 移住支援金:2025年4月更新の町の案内では、単身60万円、世帯100万円。東京23区に住んでいた期間や、東京圏から東京23区へ通勤していた期間などの要件と、就業・起業・テレワーク等の要件を満たす人が対象です。東京圏から移るだけで対象になる制度ではありません※18。
- 支援金の手続き:申請時点で移住後1年以内、申請日から5年以上住む意思などの条件があります。予算により支給が変わるため、書類提出前に総合政策課への相談が必要です。申請日から3年未満の転出は全額返還、3年以上5年以内の転出は半額返還などの規定もあります※18。
- 時点:2019年の栽培講習会は当時の募集、2020年の駅前イベントは企画案です。通勤の1時間弱は移住者本人の取材時の所要時間です。受講の募集、生活施設や支援条件は、町の担当課や現地で最新情報を確かめてください。
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出典リンク集