
2021年7月18日、大分県豊後大野市の市長は、「サウナのまち」を打ち出す文に、自分の市のことをこう書きました。
「豊後大野市は、九州で唯一、『ユネスコ・エコパーク』と『日本ジオパーク』の両方に認定された素晴らしい自然と雄大で美しい大地を有しており、こうした自然や大地を体感できるアウトドア・サウナは、『おんせん県』を標榜する大分県にあって温泉資源のない本地域の新たな魅力や活力を生み出す原動力となっています。」※1
おんせん県と聞けば、どの町にも湯が湧いているような気がしていました。
ところが、この市長は、ここには温泉が無いと、自分から書いています。そして市は2022年12月、サウナの事業者が道具をそろえるときの補助の決まりをつくり、いまのお知らせは、その例に薪割機まで挙げています※2。
では、湯の湧かないこの市では、湯のかわりに何が湧いているのか。
まずあったのは、民間の人たちが自分の手で建てたようなサウナでした。そこへ外から人が来て、宿の仕事や自分の店を始めています。住む人の一年を彩るのは、市民が開く憩いの場や、川の釣り大会の日です。
この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、
- 手づくりのサウナが、市の取り組みになるまで
- 外から来た人が、宿の仕事や店を始めるまで
- 住んでからの一年
という3つの柱を、暮らしの距離や冬の寒さも交えて解説します。モノサシは一つだけ。「湯のかわりに、何が湧いているか」。締めくくりに、私の見立てを置きます。
豊後大野市のサウナ|設計図なしで建てたサウナと、市の道具の後押し
一つ目の柱は、手づくりのサウナが、市の取り組みになるまでです。
研究所のパンフレットは、川沿いのあるカフェのサウナを、設計図なしで自分たちの手で建て、総工費は4万円弱だったと紹介しています。パンフレットの時点ではカフェで食事をすれば無料で入れて、「サウナとはこれでいいのだ」と納得させられる、とも書いています※3。
こうした川や鍾乳洞、小屋のサウナに取り組む民間の事業者は、協議会「おんせん県いいサウナ研究所」をつくっていました。市が2021年にサウナのまちを打ち出したのは、この動きを観光に生かすためです※4。薪割機まで対象に挙げる市の道具の後押しは、こうした手づくりの動きに、代金で応える形になっています。
図1 手づくりのサウナと、市の後押し(※5)2026年には、高知県の宿毛市議会が、この取り組みを学びに視察に来ました※6。
山形県の西川町も、計画の主要な事業に「小さな自治体(西川町)のサウナと湧水水風呂による本気のまちおこし」を挙げた町です※7。西川町は町の水を、豊後大野市は無い湯を、サウナの話の出発点にしています。
豊後大野市へ移住して始める仕事|ゲストハウス、ボディケアの店、2泊3日の体験ツアー
二つ目の柱は、外から来た人が、宿の仕事や店を始めるまでです。
2021年7月、福島県会津若松市から夫と息子と3人で移り住んだ人が、地域おこし協力隊として緒方町のゲストハウス「LAMP豊後大野」の仕事に就きました※8。パティシエールだった経験を生かして、宿のサウナで汗をかいたあとに食べてもらうスイーツを出している、と着任のあいさつに書いています※9。
2023年には、福岡県出身の人がこの市に移り住みました。市内の整骨院で経験を積み、2024年9月に三重町でボディケアの店を開いています。開業の前には、市の拠点施設「cocomio」で開かれていたビジネスの講座に通ったそうです。生まれ育った福岡ではなく、すでに頼ってくれるお客さまのいるこの市で独立を決め、次は自分が皆さんの「やりたい」を支えたい、と2026年7月の市報で話しています※10。
2025年10月11日からの2泊3日で開かれた「農ある暮らし移住体験ツアー」には、全国から7人が参加しました。初日は清川町のロッジで先輩移住者の話を聞き、パックラフトとアウトドアサウナを体験しています。参加した人からは、「穏やかな人が多く、住んでみたいと思った」という声が出ました※11。
図2 宿の仕事と、サウナのあとのスイーツ(※12)市も、この流れを見ています。2026年3月にまとめたこれからの方針で、ジオパークやエコパーク、アウトドアサウナを生かした取り組みを通して、「本市で暮らしたい」との希望を持つ人が現れるようになった、と振り返りました※13。
2026年7月に移住サイトが話を聞いた、宿で働く協力隊の一人は、宮崎市の出身で、もとはサウナを求めてこの市を訪れる客でした。いまは予約の2時間前にサウナの火を入れ、農家の畑では2日で16時間スイートコーンを植えたそうで、「新しいコミュニティができたのが嬉しいです。」と話しています※14。
島根県の川本町でも、起業を目指す地域おこし協力隊の仕組みを使って、カフェが開きました※15。川本町のカフェも、豊後大野市のボディケアの店も、外から来た人が町の中に自分の看板を掛けた例です。
豊後大野市で暮らす一年|どんこ釣りの5月、古民家の憩いの場、冬の冷え込み
三つ目の柱は、住んでからの一年です。
5月には、犬飼大橋の下流でどんこ釣り大会があります。昭和4年に始まり、2026年5月17日で83回目。早朝から家族連れが釣りを楽しんだ、と市報は伝えています※16。
2026年8月1日に市議会が出した議会だより第95号の表紙は、サウナハットのような白い帽子をかぶり、鍾乳洞の青い水に浸かる人の後ろ姿でした。添えられた題は「稲積水中鍾乳洞 冷水浴」です※17。稲積水中鍾乳洞は、市のページにテントサウナと小屋サウナのある場所として載っています※18。
大野町の古民家では、市民が「ゆらりひらり」という憩いの場を月に2日ほど無料で開いています。そのうち1日は、細かな霧で温まるナノミストサウナを無料で試せる日で、2026年9月は16日と案内されていました。天気がよければプールも出る、と市報の市民の欄にあります※19。
熊本県のあさぎり町では、各地区で住民が主体のサロンを定期的に開き、茶話会や体操に集まっています※20。豊後大野市では古民家に、あさぎり町では地区ごとのサロンに、住む人が自分たちの手で開く集まりの場があります。
協力隊を経て宿の支配人になった人は、毎年9月に、音楽と自然を楽しむ催しを企画してきました。この市に居場所を感じるときを、こう話しています。「家族と一緒に生活しているときですね。子どもと妻と一緒にいる時間や、住んでいる地区の人たちのあたたかさに触れたとき、ここに居場所があるなあと感じます。」※21
10月11日には、自転車レース「ツール・ド・九州」が市役所から出発する予定です。市役所の駐車場のメイン会場には、ランニングバイク体験と並んでサウナブースも用意する、と市報は案内しています※22。
図3 暮らしの距離、特急で35分(※23)冬は冷え、隣の竹田市にある竹田の観測点では、1月の最低気温の平年値が−0.9℃です。大分駅からJR三重町駅までは、特急で35分です※24。
仕事では、2020年の国勢調査で、働く人の17.6%が農業に就いています※25。市役所も人を探していて、2026年8月の市報の職員募集には、職員の「『サウナのまち豊後大野』で一緒に働きませんか?」という呼びかけと、この市が「『何かやりたい』と思った人が行動を起こしやすく、その想いを実現しやすい地域であり続けること」を目指すという目標が載りました※26。
私の見立て|温泉の無い豊後大野市に、湯のかわりに湧いているもの
3つの柱を、モノサシに当てて並べ直します。一つ目では、4万円弱で建てたような手づくりのサウナがあり、市は道具の後押しで応えました。二つ目では、外から来た人の宿の仕事とボディケアの店が始まっています。三つ目では、住む人の手で開く古民家の無料サウナの日が、毎月の市報の市民の欄に載ります。西川町の水風呂の話と並べると、この市のサウナの話は、無い湯から始まっています。
私の見立てはこうです。豊後大野市は、湯の代わりに、人のやりたいことが湧いてくる市です。2026年3月、80歳を過ぎた住民は、訪ねてくる人に向けて「豊後大野を訪れたら、温泉よりも温かい、人の心と自然のぬくもりを楽しんでほしい。」と話し、「温泉はないけれどね。」と笑っています※27。
図4 人のやりたいことが湧いてくる市(※27)豊後大野市を数字で見たい人へ|人口・仕事・冬・移住の助成の要点
| 項目 |
数字 |
| 人口 |
31,193人(2026年1月1日)※28 |
| 世帯 |
15,344世帯(同)※28 |
| 農業で働く人 |
17.6%(2020年)※25 |
| 医療・福祉の仕事 |
19.7%(2020年)※25 |
| 1月の最低気温 |
−0.9℃(竹田・平年値)※29 |
| サウナ利用者 |
7,832人(2024年度)※30 |
| 制度を使った移住者 |
34人(2024年度)※30 |
- 2025年の1年は、転入1,043人(国内807・国外236)、転出1,174人(国内1,139・国外35)、生まれた人100人、亡くなった人760人でした※28
- 2024年の他の市区町村との出入りは、転入805人・転出1,080人(外国籍の人を含む)でした※31
- 市は、市内のサウナ施設の利用者を2029年度に13,600人、移住の制度を使って移り住む人を100人にする目標を置いています※30
移住と住まいの助成(2026年9月時点の移住サイト・市のページ)
- 移住支援金: 単身60万円・世帯100万円。県外から移り住み、県のマッチングサイトに載る企業への就職や起業支援金の交付などが対象です。2025年10月1日から、申請する年度の4月1日に39歳以下であることなどの要件が加わりました(東京圏からの移住は要件が異なります)。18歳未満の子を連れて移ると、東京圏からの移住の要件に当たる人は1人につき100万円、それ以外の人は50万円の加算があります※32
- 移住応援給付金: 県外から移り住み、市内の医療機関で看護師等として、または保育所等で保育士等として新たに働く人に、1世帯20万円。18歳未満の子1人につき10万円の子育て加算か、18歳以上40歳未満の世帯員がいるときの10万円の若年者加算(併用はできません)※33
- 空き家利活用補助金: 空き家バンクの家などを買う・直す費用の2分の1。上限は購入50万円、購入して改修80万円、借りて改修40万円で、購入と改修の併用は100万円まで。義務教育を終える前の子がいる転入世帯は20万円の加算。5年以上住む誓約と自治会への加入、市内の業者での改修が条件です※34
- 子育て: 高校生までの医療費、就学前の保育料、小中学校の給食費が無料です※35
- アウトドア・サウナ施設等の整備の補助(市のページ): 費用の2分の1で、すでに営む事業者は上限10万円、市内で新たに始める事業者は上限20万円。交付の決定より前に始めた分は対象外です※36
人口の推移と年齢別の出入りは豊後大野市の人口ページに、暮らしのデータは豊後大野市のページにまとめてあります。助成金の金額と条件は年度で変わるので、申請の前に市の現行ページで確かめてください。働く人の割合は2020年の国勢調査、気温は隣の竹田市にある竹田観測点の1991〜2020年の平年値、サウナ施設の利用者と移住者の数は、市が2026年3月にまとめた方針に載る2024年度の値です。
出典リンク集
本文の※番号に対応する資料です。括弧内は資料の頁・年と、確認した日付です。1つの番号に資料が複数あるときは「 / 」で区切っています。