杵築市へ移住すると、神社のどぶろくが見知らぬ人の杯まで届く秋がある|税務署も検査に来る樽

公開日: 2026-09-29
杵築市/見知らぬ人の杯まで注ぐ市/① 最初の一杯まで/② 杯を手にするまで/③ 大田の秋

「どぶろくは一滴も残さないのが慣例で、道行く人を境内に呼び上げて振る舞い、樽を空にしてしまいます。五穀豊穣のほか長寿祈願としての信仰も集めています。」大分県杵築市の観光協会が、大田の白鬚田原神社のどぶろく祭りに添えている説明です※1。

神社のお神酒は、どこかの酒蔵で造られ、一升瓶で届く。私は、その先を考えたことがありませんでした。

ところが、この神社のどぶろくは、地元の人が自分たちの手で仕込みます。毎年9月25日に米が樽に入り、10月の祭りで参拝する人に振る舞われるまで、樽の秋が続きます※2。

では、年に一度だけ仕込むこのどぶろくを、この町は誰の杯まで注いでいるのか。

先に答えを書くと、隣の人から、初めて来た人の杯までです。2025年に米を樽へ入れた人の中には、別府大学の学生がいました※3。同じ年の祭りでは、移住者の交流会も開かれました※4。そして樽のある沓掛には、県外から移住を考える人が泊まれる家があります※5。

この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、

という3つの柱を、移り住んだ人の声も交えて解説します。モノサシは一つだけ。この町は「その年のどぶろくを、誰の杯まで注いでいるか」。締めくくりに、私の見立てを置きます。

杵築市の白鬚田原神社のどぶろく|米が樽に入ってから、最初の一杯まで

一つ目の柱は、樽に米が入ってから、最初の一杯までです。

2025年9月25日、神社には氏子や別府大学の学生などおよそ40人が集まり、固めに蒸した地元産の新米を、米麹などと一緒に樽に入れました。そこから2週間ほど、毎日かき混ぜて仕上げていく、とテレビ大分は伝えています※3。

仕込みから祭りまでを取り仕切るのは、その年の当番の家です。神社を支える3つの地区の家に順番に役が回ってくるこの形は、一般に「とうや」と呼ばれます※2。同じ名は、福島県の南会津町が伝統行事の筆頭に挙げる「田島祇園祭のおとうや行事」にも付いています※6。

10月8日は「口開祭」、仕込んだどぶろくを関係者が初めて味見する日です。その日、神事の前に、税務署の職員が立ち会って検査をします※2。1946年から一冊にまとめた帳面「濁酒一件」には、その年の宮司や仕込みの日とともに、検査をした税務局の職員までが書き足されてきた、と2021年の市の資料は書いています※2。

祭りの支度に、税務署の出番が毎年ある神社です。この神社は九州の神社で唯一、どぶろくの製造が認められている、とテレビ大分は伝えています※3。

10月12日の早朝、当番の家に神社の掛軸が掛けられ、9時ごろから「霜消し」が始まります。「これより霜消しを差し上げます」の声で、当番の組の人たちがどぶろくを注いで回り、全員に行き渡ったところで、みんなで「いただきます」と声をそろえて、その年の出来を確かめます※2。

同じ日、神社の前の桂川に入って身を清めたあと、もう一度みんなが集まります。黒い椀にどぶろくが注がれると、受けた人は椀に口を付けずに手元の茶碗へ移し、椀を隣の人へ回します。最後の人まで届くと「初献は廻りきれましたか」と声がかかり、全員で飲み干します※2。一杯目は全員に回ったか、という問いかけです。その年のどぶろくは、まずこうして、隣から隣へ注がれていきます。

最初の一杯まで/椀を隣の人へ回します。黒い椀を隣へ渡し、手元の茶碗でどぶろくを受ける集まりを描いた場面。
図1 黒い椀が隣から隣へ回る(※2)

杵築市のどぶろく祭りに外から来た人|黒い杯を持つ参拝客と、移住者の交流会

二つ目の柱は、外から来た人が、杯を手にするまでです。

祭りは10月17日と18日の2日間です。参拝する人は「どぶろく祭り公式の黒杯」を1,000円で求めます※7。

2023年の祭りで、初めて来た参拝客はテレビ大分にこう話しています。「初めてだけど来年も来たい。来年はこの杯持ってくるとただで飲めるというから」※8。黒い杯は、次の秋まで取っておく物のようです。

2024年10月18日には、地域おこし協力隊の一人が、祭りの2日目を手伝いました。祭りの噂を「移住した当初から聞いていた」という隊員は、朝8時半ごろから参拝の人が来ていたこと、どぶろくの味は毎年違うらしいことを活動日誌に書き、「本当に良かったです」と記しています※9。

2025年の祭りには、県内外から約1万人が参拝した、と市の広報は書きます※10。その10月には、定住サイトが案内する移住者の交流会「きつき交流会」も、どぶろく祭りで開かれました※4。

年が明けた2026年3月の広報は、協力隊の特集の写真に「『どぶろく祭り』1300年の伝統を繋ぐ大切なお手伝い」と説明を付けています※11。

杯を手にするまで/黒い杯/きつき交流会。黒い杯と樽を手前に、秋の祭りで人が集う場面。人物は後ろ姿で描く。
図2 外から来た人も杯を手にする(※12)

行事を次の人へ渡す入口は、町ごとに違います。熊本県の湯前町は、球磨神楽などの無形民俗文化財を「小・中学校の総合学習の時間を利用して体験すること」で次の担い手を育てると書き、その入口を学校の時間割の中に置いています※13。

杵築市の大田の秋|祭りの日の行列と、沓掛で過ごす季節の変わり目

三つ目の柱は、樽のそばで過ごす、大田の秋です。

10月18日の祭りの日、神輿の行列は神社を出て桂川沿いを北へ進み、その年の当番の家にも寄って、神社を支える家々の近くをなるべく多く通る道で戻ってきます。そのあいだも境内では、参拝する人にどぶろくが振る舞われています※2。

お試し住宅の「大田ハウス」は、この神社と同じ大田沓掛にあります※5。10月の半ばにここへ泊まれば、樽が祭りを待つ日々から行列が戻る18日までを、樽のある沓掛で過ごすことになるはずです。JR杵築駅までは、車で約25分です※5。

大田の秋/大田沓掛/車で約25分。秋の里山と川、道のそばの家を描いた場面。実在の大田ハウスの外観は再現していない。
図3 同じ大田沓掛で秋を過ごす(※14)

大田の秋の手ざわりは、移り住んだ人の言葉が伝えています。2008年の8月の終わり、夏から秋へ季節が変わるころに大田へ越してきた人は、こう振り返っています。「鹿が鳴きだしたりとかすとん、と闇が来る感じだとかが、季節の真っただ中にいる感じがしました」※15。

2016年に大田へ移り、古民家を直したカフェを営む人は、暮らしぶりをこう話しています。「草刈りや地域の集まり、庭先の果樹を収穫したりと、いざ移住するとやることづくしだけど、今ではそれも楽しめるようになり」※16。

宮崎県の高千穂町は、高千穂高校の生徒の言葉として「神楽を続けたい、家業を手伝いたい、農業や畜産に挑戦したいという夢もあります」と載せています※17。

私の見立て|杵築市は、その年のどぶろくを見知らぬ人の杯まで注ぐ市

その年の樽の秋を、もう一度たどります。仕込みの日には氏子と学生が並び、10月12日には黒い椀が隣から隣へ回りました。大田の祭りは、来年もこの杯を持って来たいと話した参拝客のような、見知らぬ人の杯まで注いでいます。大田の秋には、行列の日も、鹿の声の夜もあります。行事を次の人へ渡す道を、湯前町は学校の時間割に置き、高千穂町は神楽を続けたいという高校生の言葉を載せています。

私の見立てはこうです。杵築市は、その年のどぶろくを、隣の人から見知らぬ人の杯まで注ぐ市です。2025年10月17日、その年の一杯を口にした参拝客の一人は、テレビ大分にこう話しました。「ピリッと辛くてでもまろやかでおいしい」※18。

見知らぬ人の杯まで/ピリッと辛くてでもまろやかでおいしい。秋の祭りで樽から黒い杯へどぶろくを注ぐ場面。遠くの参拝客は後ろ姿で描く。
図4 見知らぬ人の杯まで注ぐ(※18)

杵築市を数字で見たい人へ|人口・仕事・冬・助成金の要点

項目 数字
人口 25,771人(2026年)※19
世帯 13,132世帯(同)※19
大田地域 1,018人(2025年)※20
第1次産業 14.3%(2020年)※21
製造業 18.8%(2020年)※21
医療・福祉 14.9%(2020年)※21
1月の日最低気温 0.7℃(杵築)※22

移住と住まいの助成(2026年9月時点の市のページ)

人口の推移と年齢別の出入りは杵築市の人口ページに、暮らしのデータは杵築市のページにまとめてあります。助成金の金額と条件は年度で変わるので、申請の前に市の現行ページで確かめてください。人口と世帯は2026年1月1日、働く人の割合は2020年の国勢調査、気温は杵築観測点の日最低気温の平年値(1991〜2020年)です。2026年の祭りは10月17日と18日の予定で、県の観光サイトの2026年9月時点の案内です※30。

出典リンク集

本文の※番号に対応する資料です。括弧内は資料の頁・年と、確認した日付です。1つの番号に資料が複数あるときは「 / 」で区切っています。

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