朝10時から翌朝10時まで、812人で太鼓をつないだ島|八丈町に移住して、次の一打を受け取る暮らし

公開日: 2026-10-08
八丈町/交代しながら太鼓の音を切らさない町/①二人で打つ太鼓/②島の外から来た人/③順番を待つ列

八丈町の移住ガイドブックの年中行事の欄には、12月の行事として、こう書かれています。「24時間、参加者がリレー形式で太鼓を打ち続けます」※1。

24時間の太鼓と聞いて、私が思い浮かべたのは、腕自慢が一人で耐え抜く大会でした。

ところが、2016年の第7回は、島の観光協会が「繋いでくれた812人の皆さん」と書いて完走を伝えています※2。

では、この24時間は、次の一打を誰が引き受けて続いているのか。

答えは、二人で打つ太鼓を、仲間が経験を問わない順番に開き、島の外から来た人にも来られない人にも一打を渡し、その順番を待つ列に高齢者も少年も並んできたからです。

この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、

という3つの柱を、暮らしの数字も交えて解説します。モノサシは一つだけ。次の一打を、誰が引き受けるか。締めくくりに、私の見立てを置きます。

八丈町の八丈太鼓|二人で打つ太鼓が、誰でも順番に叩く24時間になるまで

一つ目の柱は、二人で打つ太鼓が、順番で回るようになった道すじです。

八丈太鼓は、一つの太鼓を両側から二人で打ちます。東京都産業労働局の島のくらしのページによると、片方が決まったリズムを打ち、もう片方はそれに合わせて自由に打ちます。楽譜はありません※3。

二人で打つ太鼓/決まったリズム/自由。海と島の山を背景に、横置きの一つの太鼓を両側から二人で打つ遠景。
図1 二人で打つ太鼓(※3)

相方がいなければ始まらない太鼓を、なぜ24時間のリレーにしたのか。主催の実行委員会は、2017年のクラウドファンディングの募集ページで、2010年から毎年1回、誰でも八丈太鼓に触れ合えるリレー形式の催しを開いてきたと書いています。一昔前は「経験・未経験関係なく、誰でも余興で集まって太鼓を叩いていた」のに、いつしか観光客に見せるステージになり、「敷居の高い伝統芸能」になっていた、というのが主催者の見方です※4。

主催者の見方に重なる話を、リーダーは2025年10月のメッセージにも書いています。太鼓を叩く光景が少しずつ減っていくのを感じ、「何とか次の世代へつなげたい」との想いで、この催しを立ち上げたそうです。初期の開催では、リーダーが車に太鼓を積んで島内を回り、年配の人の家を訪ねて「一緒に叩こう」と声をかけてまわりました。カメラを向けると恥ずかしそうに隠れる方も多かったそうです。「24時間叩き続ける意味があるのか?」と多くの人に言われたことも、同じメッセージで振り返っています※5。

前回(2025年12月)の案内は、その声かけの続きです。2025年12月6日・7日の第16回について、観光協会は、朝10時から参加者みんなでリレーマラソンのように交代しながら打ち続ける催しだと伝え、「経験者はもちろん、未経験者もご参加いただけます」と呼びかけました。公式ページには、上打ちを学ぶ無料のワークショップもあり、受講者は「だれでも」、定員はなしでした※6。

リーダーは2025年のメッセージで「決まった叩き方はありません」と書き、初めての方が安心して出られるようワークショップも開いていると伝えています※5。

声をかけてまわった輪は、経験を問わず順番に入れる場になりました。では、その順番は、島の外の人にも回るのでしょうか。

八丈町の24時間太鼓に島の外から|来た人の一打と、来られない人の応援

二つ目の柱は、島の外から来た人と、来られない人の一打です。

その順番が仲間の外へ渡った日の記録が、2016年の第7回に残っています。朝10時ちょうど、実行委員長と、先ほどのリーダーの二人の太鼓で始まり、そのあと来賓が代わる代わる叩きました※2。

この第7回には、オーストラリアの和太鼓グループ「塩梅塩梅俱楽部」のメンバーら11人が来島し、この催しに参加しました。観光協会は「年々国際色豊かなイベントになってきますね」と書いています※2。

翌2017年の第8回の募集ページには、毎年各国の海外奏者が来島するとあり、「どうしても当日お越しいただけない方々のためにも」ライブ中継を行って全国と世界へ発信したい、と続きます※4。

同じページの応援コメント欄には、2017年10月25日に、支援者の一人が「今年はご一緒できませんが、海の向こうから皆様を応援しています」と書き込んでいます※7。

その応援が向けられた第8回は、10月28日・29日の予定が台風で延び、12月2日・3日に開かれました。終了報告は、翌朝の最後に盛り上がりが最高潮になり、「最後まで繋ぎ切った」ときの感動は言葉にしきれないほどだったと振り返っています※8。

それから数年後、コロナ禍で「もう継続は難しい」と言われた時期にも、主催者は続けたい一心でオンライン配信に挑みました。それが日本各地と海外へつながり、「今では海外から足を運んでくださる方も増えました」と、2025年10月のメッセージにあります。同じメッセージは、会場が毎年「太鼓の響きと笑顔であふれて」いて、年に一度の再会を喜ぶ「変わらぬ顔ぶれ」がいることも伝えています※5。

来られない人の一打は、いまは画面から入ります。2026年12月の第17回も、八丈島の会場と世界各地をZoomでつなぐ形で案内されています※9。

島の外から来た人/来られない人/Zoom。島の太鼓の会場と、画面を通して参加する人の後ろ姿。
図2 来た人と来られない人(※9)

では、順番を待つ会場の列には、どんな人がいるのでしょうか。

八丈町で暮らす人と太鼓|順番を待つ列と、休日の19時

三つ目の柱は、順番を待つ列と、八丈町で暮らす日の太鼓です。

2016年の第7回の列には、デイホームから来たおばあちゃん達が並んでいました。観光協会の記録は、「早く叩きたい気持ちが溢れて、バチも持った手が小刻みに揺れています」と書き、連れてきたヘルパーさんも踊りながら太鼓を楽しんでいました。「八丈太鼓を叩きたい方なら誰でも参加OK」の催しで、太鼓少年も「渾身のバチさばき」を見せています※2。

順番を待つ列/太鼓少年。太鼓を打つ順番を待つ、高齢者や子どもの小さな後ろ姿。
図3 順番を待つ列(※2)

子どもの太鼓については、町の二十歳の一人が語っています。2026年1月の二十歳のつどいで、島を離れて2年になるその人は、「八丈太鼓と暮らしの調和」と題して意見を発表しました。八丈太鼓は「ふたりいて初めて、成立します」と話し、自由を前提とするからこそ「意外にも大人よりも幼子の方が上手に叩ける」と続けます。ここで言う「上手に叩く」は「気持ちがよいという事です」と、本人は説明しています※10。

小学生から60代までが所属する八丈太鼓よされ会は、町の移住ガイドブックにも出てきます。初期に車で太鼓を運んだリーダーは、そこでは1995年に島へ戻った建設業の人として答え、「太鼓はもちろん、ただ集まって話している時間も楽しいですね」と話します。年に一度の「誰でも参加可能」な24時間チャレンジも、自分たちで開いていると続けています※11。

その人の勤め先は、事務所から遠い従業員でも15分ほどで通えて、終業も早く、趣味の時間が取れるそうです。「OFFの1日」の欄で、19時は「八丈太鼓をドンドコしながら好きな島焼酎で晩酌」です※12。

私の見立て|八丈町は、交代しながら太鼓の音を切らさない町

モノサシに戻して、次の一打を誰が引き受けてきたかを一行ずつ確かめます。もとは二人きりで打つ太鼓でした。2010年からは、経験を問わない人が順番に入る24時間になりました。順番は、島の外から来た人にも渡り、来られない年には海の向こうからの応援やZoomの画面からも回ってきます。2016年の列には、デイホームから来た人も少年も並んでいました。

私の見立てはこうです。八丈町は、交代しながら太鼓の音を切らさない町です。

次の第17回の案内(2026年12月12日・13日、予定)は、24時間を1,000回以上のリレーでつなぐと書いています※13。

交代しながら/太鼓の音を切らさない町/1,000回以上のリレー(予定)。夜から朝へ続く、海と山のそばの太鼓の会場。
図4 太鼓の音を切らさない町(※13)

八丈町を数字で見たい人へ|人口・住まい・仕事・助成金の要点

項目 数字
人口 6,652人(2026年1月)※14
世帯 4,062世帯(同)※14

町の数字は八丈町のページにまとめてあります。助成の金額と条件は年度で変わるので、申し込む前に町の現行のページで確かめてください。第17回の2026年12月12日・13日は予定で、受付や参加の条件は主催の公式ページで確かめられます。人口と動きの数字は、総務省の令和8年1月1日の住民基本台帳によります。

出典リンク集

本文の※番号に対応する資料です。括弧内は資料の頁・年と、確認した日付です。1つの番号に資料が複数あるときは「 / 」で区切っています。

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