
「軽トラとチェンソーで晩酌を!」
鳥取県智頭町の「木の宿場」が掲げる合い言葉です。2021年更新の案内では、山に残った材を1トン当たり7,000円の通貨価値で買い取ります※1。
木を売った代金は、円で受け取る。私は、山で働く人と買い物をする人を、お金の話では別々に考えていました。
ところが、智頭町で材の代金として渡すのは、町内の加盟店で使う地域通貨「杉小判」です。山に置かれた残材や間伐材は、およそ50センチから2メートル、軽トラでも持ち出せる長さで買い取ります。林業に従事したことがない人も参加できます※1。
では、なぜ山の材を出した人に、円でなく杉小判を渡すのか。
答えは、山の手入れと町の店の商いを、一枚の通貨で同時に動かそうとしているからです※2。その一枚に、絵を描く人と、住んで受け取る人の手も加わっています。
この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、山の材を出す、絵を描く、住んで受け取るという3つの柱を、住まいと仕事の要点も交えて解説します。モノサシは一つだけ。杉小判に、どんな手が加わっているか。締めくくりに、私の見立てを置きます。
智頭町で山の材を出す|百人委員会の提案が、店で使う通貨になった
一つ目の柱は、山の材を出すことです。その材を買う「木の宿場」ができる前に、住民が企画を提案する百人委員会がありました。2008年度の初年度には142人が応募し、全員が委員になりました※3。
委員たちは、アイデアだけでなく、予算案も添えて企画を提案し、公開の場で町長らと話し合いました。その提案から生まれた木の宿場は、2010年10月に始まりました※3。
翌2011年10月29〜30日には、町外から来た視察者が、山の材と杉小判のつながりを体験しました。初日に山仕事をし、材を搬出して軽トラで運び、事務所で杉小判を受け取る。翌朝には、そのお金を町内で使う行程です※4。
軽トラに積む前には、材の細い側の直径を計りました。運んだ先のストックヤードでは、材を下ろす区画が決められていました。荷下ろしを終え、隣接する事務所へ材の量を届けると、視察者が受け取ったのは杉小判5枚でした※4。
2011年の報告では、買い取りはトン当たり6,000円。受け取った枚数は、約850kgの材に相当しました※4。
視察の夜のレクチャーで、講師の丹羽健司氏は、材の対価は本来なら円のほうがよいと前置きしました。地域通貨は、受け取るとすぐに換金したくなるものだからです。それでも、顔のわかった人たちの間で回す通貨なので、「友情のババ抜き」が成り立つ、と話しています。自分たちで運営する通貨なら、ババを持っていても気分がよいという説明です。そのババを受け取る店の側の言葉も紹介されました。「汗のしみこんだ杉小判を回すことで町がよくなるなら、商店も頑張ろう」※4。
店が動かしたのは、商品の組み方でした。当時の杉小判は1枚1,000円相当で、おつりが出ません。講師の話には、商店が1,000円にまとめた商品を作るようになったことや、使う人がおつりを寄付することも出てきます※4。
図1 友情のババ抜き(※4)杉小判を受け取る店は、枚数を数えて事務局に報告します。発行案内では、月末に枚数を報告し、月初に換金します※2。材を出す人が受け取り、店が買い物で受け取り、事務局が精算する。そのやり取りに使われる一枚の表を、描く人もいます。
智頭町の杉小判を描く|小学5年生の絵も、町の買い物に使う一枚へ
二つ目の柱は、絵を描くことです。店で使う一枚の表を作るのは、実行委員会だけではありません。2022年2月28日、観光協会で行われた第7回の審査会で、小学5年生の部と一般の部の応募作が審査されました※5。
このとき、小学5年生の部に集まったのは42点。一般の部には、町内外から21点が届きました※5。
町長ら5人の審査員が選んだ入賞作は6点でした。広報では、4月から発行する杉小判の絵柄に使うと発表しています※5。
図2 杉小判の絵柄(※5)翌2023年5月号の受賞者発表では、イラストの部と写真の部に入賞作が並びました。賞品は杉小判と木の表彰状。選んだ作品は、その年度に流通する杉小判に使うことになっていました※6。
募集は、その後も続き、2025年8月の案内で第12回を迎えました。木の宿場実行委員会がコンクールを開く理由は、町民にもっと山へ関心を持ってもらうことです※7。
第12回で募集したのは、智頭の山や林業に関連するイラストで、誰でも応募できました。受賞作の使い先は、2026年度発行の杉小判の額面と、木の宿場の活動を伝える資料でした※7。
用紙には、描くための枠があります。その中には「杉小判」と「壱両」の字を入れます。ひらがなでも漢字でもよく、字の色、大きさ、位置は自由です※8。
智頭町で住んで杉小判を受け取る|新婚夫婦への応援も、町の店で使う一枚に
三つ目の柱は、住んで受け取ることです。コンクールの受賞者に贈られる杉小判を、町で新しい暮らしを始める夫婦も受け取れます。町に転入した新婚夫婦への応援金は、半分が杉小判で渡され、受け取る場所は役場企画課です※9。
受け取る相手は、新婚夫婦から、町に暮らす一人ひとりへも広がっています。2026年1月の第1回臨時会では、物価高騰への対策として、杉小判を1人15枚配るための予算が可決されました※10。
2026年1月に案内された全町民への杉小判の配布は、10回目でした。ねらいには、物価高騰の負担を軽くすることと並んで、地元商店街の活性化が挙げられています※11。
図3 地元商店街(※11)杉小判を受け取る機会は、春からの日々の健康づくりにもあります。智頭町では、健診や歩く活動でポイントをためられます※12。高知市でも、体操への参加で得たスタンプを商品券や地域福祉への寄付に換えられます※13。どちらも、健康づくりの記録が、地域で使える券や通貨に換わる仕組みです。
智頭町でその記録を始める台紙とウォーキングの記録表は、ちえの森ちづ図書館でも配っています。2026年度は、ためた20ポイントで1,000円分の杉小判に引き換えられます※12。
私の見立て|智頭町は、山の手入れにも新婚の門出にも杉小判を渡す町
杉小判に、どんな手が加わっているか。材を出した人の手から渡った一枚、講師の言うババを、店は受け取る側に回り、1,000円でそろう商品を作りました。2022年の審査では、小学5年生も一枚の表を描く役に入っていました。受け取る役には、暮らしを始める夫婦と、町に住所がある人たちが入ります。
私の見立てはこうです。智頭町は、山の手入れにも新婚の門出にも杉小判を渡す町です。
図4 新婚の門出(※9)その一枚を描く用紙には、「杉小判」と「壱両」の文字を入れます。字の色も大きさも置く場所も、描く人が決めます※8。冒頭の軽トラで運んだ材の代金にもなる、この「壱両」は、1,000円分です※7。
智頭町を数字で見たい人へ|杉小判・住まい・仕事の要点
杉小判の使い先と、移住前に確認したい条件です。2026年7月6日付の加盟店一覧には、食品店のほか、本屋や理容店も載っています※14。
| 使う場面 |
加盟店の例※14 |
| 本を買う |
下山書店 |
| 髪を切る |
ヘアーサロン オサカ |
健康ポイントから受け取る場合の要点です。
- 2026年度は、20ポイントで1,000円分の杉小判に引き換えます。町内在住の18歳以上が対象で、引き換え申請は10月1日から。健診などのポイントを希望する人は、結果を福祉課に持参します※12。
- 3人以上のウォーキンググループは、福祉課への登録が必要です。グループで月に10日以上歩くと2ポイント。ひとりで歩く場合は月に10日以上で1ポイント、20日以上で2ポイントです。町・公民館のウォーキング事業への参加とは別の項目です※12。
転入した新婚夫婦への応援と、全町民向け配布の時点です。
- 新生活応援補助金は一律10万円で、うち5万円は杉小判で交付されます。杉小判は役場企画課で受け取り、受領書を記入します※9。
- 対象は、申請日より3年前までに婚姻届が受理され、申請年度に夫婦とも住民票を町へ移して生活の拠点とした世帯です。夫婦のどちらかが前の年度までに転入していた場合は対象外です※9。
- 手続きは、申請書の提出、交付決定通知、交付請求書の提出、補助金の振込の順です※9。
- 第10回の配布は2026年1月16日現在の全町民が対象で、1人15枚、15,000円相当。配布案内は同年2月末〜3月初旬の世帯ごとの郵送を示しています。使用期限は6月30日で、今回の配布分の使用期間は終了しています※11。
住まい探しは、物件を見る前の登録から始まります。空き家・土地情報バンクは、必要事項を記入し、押印した利用登録書を移住定住相談窓口へ郵送すると、登録完了後に物件情報を郵送する仕組みです※15。登録後、希望すればウェブ閲覧用のIDとパスワードも受け取れます※15。
住宅の購入・改修・新築を検討する人向けの助成です。
- UJIターン住宅支援事業費補助金は、事業費の2分の1、上限100万円。予算の範囲内で交付されます※16。
- UJIターン者の申請では、転入前か転入から36か月未満で、申請日前1年以内に町から転出していないこと、交付後5年以上定住する意思などが必要です。空き家所有者との親族関係、税の滞納、過去の交付歴なども対象条件に含まれます※16。
- 交付決定の前に工事を始めると補助を受けられません※16。
- 申請には、計画書・予算書・誓約書のほか、工事や住宅購入の見積書、住宅の位置や間取りがわかる図面なども必要です。住民票や住宅の所有者を確認できる書類も求められます※16。
仕事については、就職や起業を考える人に、町が鳥取県や関係機関への紹介を行っています。農林業に関心がある人向けには、県の研修制度や助成制度も案内しています※17。
暮らしに関するデータは智頭町のページにまとめてあります。材の買い取り額は2021年更新の案内による値です。本文のコンクールの審査は2022年の実績で、第12回の募集締切は2026年2月9日でした※7。受賞作を2026年度の杉小判に使うという記載は、募集時の予告です。次回の募集日や絵柄の発表は、木の宿場実行委員会の案内で確認してください。健康ポイントや助成の金額・条件、杉小判の使える店は変わることがあるため、利用前に町の最新案内を確かめてください。
出典リンク集