ツチノコを探しに来た人を「国民」にした村で、年1,000円の税を払い続ける人が約350人いる|下北山村への移住は、体験施設の一泊から始まる

公開日: 2026-09-29
下北山村/探しに来た人を「国民」にした村/① 懸賞金の生き物/② 「関係人口」になる入口/③ 「協力隊」と「卒業生」

1988年、奈良県下北山村で、当時の村議会議員らが「ツチノコ探検」を企画し、村も100万円の懸賞金を出しました。太く短い胴のヘビに似た、捕まったことのない生き物です。4月16日と17日の第1回には全国16都府県から100人が訪れ、参加者は総勢230人になったと伝えられています。生き物は、見つかりませんでした※1。

村おこしの催しというものは、その年に人を集めて終わる打ち上げ花火のようなものだと、私は思っていました。

ところが翌1989年4月22日、村の人たちは「ツチノコ共和国」の建国を宣言し、年会費を払った人を「国民」と認め、2千人にパスポートを出しました※2。共和国の代表は建国の理由を、探検を一過性の催しにしたくなかったから、「いわば下北山村のファン作り。今で言う関係人口ですね」と話しています※3。

では、この村に来た人は、何を払って、何を続けてきたのか。

「国民」は、年1,000円(いまのページの額)の税を払い続ける人です。移住支援金の区分「関係人口」は、1泊2,500円の体験施設に泊まった記録などを要件の一つに数えます。そして森では、協力隊を卒業した人のうち2人が会社を作り、次の隊員を受け入れます。

この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、

という3つの柱を、住まいの助成や冬の暮らしも交えて解説します。モノサシは一つだけ。この村に来た人は「何を払って、何を続けてきたか」。締めくくりに、私の見立てを置きます。

下北山村の「国民」|懸賞金の生き物と、2,000円で国籍が取れる共和国

一つ目の柱は、「国民」を作った懸賞金の生き物です。

1987年、村で目撃の証言が出ました。村の知名度を上げたいと考えていた当時の村議会議員がこの生き物に目を付け、翌1988年4月に第1回の探検を開きました。村役場で「ツチノコ係」と呼ばれた職員は、問い合わせが多くて大変な騒ぎだった、と日本経済新聞に語っています※4。その人が、いまの村長です※5。

共和国の建国宣言は1989年4月22日の日付で、憲章の一つ目は「広くツチノコ捜しを開放し、万人はツチノコを愛すべし」。ただし共和国は、ツチノコ探しが主目的の団体ではない、村のファンづくりの活動だと自分で書いています※6。国籍は手数料と1年分の税で2,000円、年1,000円の税を滞納すると「国外追放」です※7。探検は数回で終わり、共和国の行事は6月の「蛍の源平合戦」などへ移りました※8。ホタルが行事の名になった村と、ホタルが条例の名になった市があります。滋賀県の米原市には「米原市螢保護条例」があり、その認知度を成果の指標にしています※9。

1998年3月18日には、共和国が地域づくりの団体として自治大臣の表彰を受けています※10。

懸賞金の生き物/1989年4月22日/2千人にパスポート。山深い村の森と家並みを望む木の机に、無地の旅行冊子が2冊置かれている場面。
図1 探検のあとに、国民のパスポート(※11)

2018年4月16日から5月7日まで、共和国が主催する探検30年の懐古展が温泉施設のきなりの湯で開かれ、最終日には当時取材した新聞記者や、当時役場で携わった人がパネリストになったシンポジウムが開かれました※12。2026年の秋も、共和国のページは2,000円で国籍を案内しています。「求む亡命者」と題したページに、国民の特典として下北山スポーツ公園の一部施設の割引が書かれています※7。

下北山村の「関係人口」|旧保育所の商社と、1泊2,500円のむらんち

二つ目の柱は、「関係人口」になる入口です。

2021年度から特産品の開発をしてきた任意団体「下北山地域総合商社」は、2023年に一般社団法人「下北山つちのこパーク」になり、活動の拠点は上桑原の旧保育所に置かれました※13。子育てに向く土地を求めて2022年に東京から移り住んだ人が、その立ち上げに加わっています※14。商社は「つちのこくん」を作り、下北春まなやジャバラの商品を売り、渓流ウォーキングを企画します※15。2023年11月からは、旧保育所の一室が、村と奈良女子大学などの大学との拠点にもなりました※16。見つからなかった生き物は「地域商社のアイコンとなって、今なお活躍しています」と、村は自分で書いています※17。

その3年前の2020年、慶應義塾大学や大阪工業大学の学生たちと協力して整備した移住交流体験施設「むらんち」が生まれました※18。大学生と地域の人が空き家をDIYで改修した宿で、1人1泊2,500円、10泊目からは1,500円、最長1か月まで泊まれます※19。利用者は2020年からの累計で332人(2025年時点)※20。東京圏から移る人の移住支援金には「関係人口」という区分があり、むらんちの利用や空き家バンクの利用登録が、その要件の一つに数えられています※21。共和国の代表が建国を言い直した言葉と同じ言葉が、いまは支援金の区分の名にあります。

「関係人口」になる入口/空き家をDIYで改修/最長1か月。手入れされた木造の家の居間に工具と旅の荷物があり、縁側から森と村を望む場面。
図2 空き家を改修した宿から、村に近づく(※22)

空き家バンクは業務の一部を特定非営利活動法人の空き家コンシェルジュに委託し、対象は村に住民票のある人か、1年以内に移す意思のある人です※23。2026年9月の一覧には23件が載り、最初の頁には売買100万円から300万円、賃貸月4万円の家が並びます※24。相談の窓口の移住コンシェルジュは2人で、問い合わせは大阪府からが多く、畑付きの家を探す定年後の夫婦、古民家をDIYして住みたい人、バス釣りや山登りや自転車が好きな人からも来ます。村で生まれて定年後に戻ったコンシェルジュは「問い合わせがあったら、まずは『この村のこと知ってますか?』と聞くようにしています」と話し、2019年に東京から移り住んだもう1人は、少し長めに滞在して試しに暮らしてみることを勧めています※25。同じ法人の事務所は同じ奈良県の曽爾村にもあり、曽爾村は2019年に誘致しました※26。

下北山村の「協力隊」と「卒業生」|旧保育所の上映会の日と、次の隊員を受け入れる森の会社

三つ目の柱は、「協力隊」と「卒業生」の森です。

旧保育所に、ツチノコの話で約60人が集まった日があります。2023年10月1日、各地の伝承や目撃談を追った記録映画「おらが村のツチノコ騒動記」の上映会が、監督をゲストにつちのこパークで開かれ、子ども向けにつちのこのキーホルダーづくりも同時に開かれました※27。つちのこパークで働く地域おこし協力隊の隊員は2025年11月の広報に、キャンプ場の店舗運営にも携わり、村と「ソト」の人々をつなぐ存在としての役割を深めたい、と書いています※28。

森では、約10年前から、環境に配慮して山に道を付ける小規模な林業が移住の入口になりました。協力隊として移り住んだ人は卒業後も村に住んで独立し、6人の林業従事者が生まれ、そのうちの2人が2022年に合同会社「森のび」を作りました※29。

2026年9月、村は2027年度採用の協力隊を募集し、受け入れ団体は役場からこの森のびに変わります※30。

同じ年の6月の村議会では、議員が、自伐型林業を始めて約10年で「下北山に自伐型ありと言われるまでになった」と述べて、自伐型林業への村長の思いを問いました。村長は「本当に森に優しい林業の進め方をしていくというのが、自伐型林業の根底にあると思います」と答えています※31。

任期を終えた隊員がその町で何になったかを書く町もあります。北海道の中川町は、退任後に定着した9人の仕事として、木工作家やフィッシングガイドなどを並べます※32。卒業生が林業の会社を作った下北山村も、その並びの一つです。

「協力隊」と「卒業生」の森/2026年9月/2027年度採用。山の森の小さな作業道を、ヘルメットを着けた2人が遠景の後ろ姿で歩く場面。道端に丸太と工具箱がある。
図3 卒業生の会社が、次の隊員を受け入れる(※33)

住んだあとの一年は、桜から始まります。2026年は3月29日に第39回のさくら祭が開かれ、村は自分を奈良県で最も早く桜が咲く村だと案内しています※34。冬は雪も雨も少ないと村は案内し、隣の上北山の観測点の1月の最低気温は平年値で氷点下0.9℃です※35。住む人の言葉は、村の聞き取りにこう残っています。「3〜4年住んだら大体の人の顔がわかるようになるし、役場に尋ねたら大体のことはわかる。そういう環境は安心。」※36。

私の見立て|下北山村は、探しに来た人を「国民」にした村

3つの柱を、モノサシに戻して並べます。「国民」を続ける人は、いまも年1,000円の税を払い続けている。泊まりに来た人は、1泊2,500円を払い、その記録が支援金の「関係人口」の要件の一つに数えられる。森に来た人は、任期を終えても村に残り、そのうち2人の会社が次の隊員を受け入れる。退任後の仕事を並べる中川町と、卒業生の会社が隊員を受け入れる下北山村。どちらも、任期のあとに仕事の名が付いた町です。

私の見立てはこうです。下北山村は、探しに来た人を「国民」にした村です。2千人にパスポートを出した共和国で、年1,000円の税を払い続けて国籍を持つ人を、共和国のページは「現在では約350名強」と書いています※37。新しい国籍は2,000円。「求む亡命者」のページは、第1回の探検から38年たった2026年の秋も開いています※7。

探しに来た人を「国民」にした村/「求む亡命者」。無地の旅行冊子と帽子を置いた木の机から、村の家並みと森へ続く道を望む場面。
図4 探しに来た人を「国民」にした村(※7)

下北山村を数字で見たい人へ|人口・仕事・冬・住まいの助成の要点

項目 数字
人口 782人(2026年1月1日)※38
世帯 503世帯(同)※38
第1次産業で働く人 7.2%(2020年)※39
第3次産業で働く人 75.4%(2020年)※39
1月の最低気温 −0.9℃(上北山)※40

住まいと移住の助成(2026年9月時点の村のページ)

子育て・暮らしの要点(村の移住サイトから)

人口の推移と年齢別の出入りは下北山村の人口ページに、暮らしのデータは下北山村のページにまとめてあります。助成金の金額と条件は年度で変わるので、申請の前に村の現行ページで確かめてください。働く人の割合は2020年の国勢調査、気温は隣の上北山村にある上北山観測点の1991〜2020年の平年値です。

出典リンク集

本文の※番号に対応する資料です。括弧内は資料の頁・年と、確認した日付です。1つの番号に資料が複数あるときは「 / 」で区切っています。

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